東京地方裁判所八王子支部 昭和49年(ワ)1146号 判決
原告
杉本勇
被告
東日本小松ハウス販売株式会社(旧商号松建工業株式会社)
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金三二七万二、二一二円およびこれに対する昭和四九年一二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (事故の発生)
原告は、訴外橋和敏が運転するライトバン(車両番号多摩四四す一四三八)の後部座席に同乗していたところ、昭和四七年三月一八日午後三時ころ、右自動車が静岡県沼津市岡一色四六二番地東名高速沼津出口附近にさしかかつた際、運転手の脇見運転による前方不注視の過失のために、前方に停車していた乗用車に追突した。
2 (被告の責任)
(1) 被告は組立ハウスの附帯工事の一切および組立ハウスの販売等を業とする会社であつて、熊谷組等の現場建設用プレハブハウスの建築を行つていた。
(2) 訴外橋と原告はともに訴外竹田一男に雇われていたが右竹田は昭和四五年ころから継続的に被告との間に右組立ハウスの内装工事を請負い、昭和四七年三月一五日ころ被告と静岡県三島市の芙蓉団地熊谷組建築現場におけるプレハブハウス内装の仕事を請負つた。本件事故は、右工事の直前に被告から竹田が請負つた神奈川県伊勢原市の山口工務店建築現場から右現場へ仕事のために向う途中の事故である。
(3) 訴外竹田および原告らは、被告から材料を支給され、さらに作業現場や具体的作業内容、図面等を指示交付され、その指揮監督に服して作業をしていた。
(4) 本件事故は、被告の実質上の被用者(形式上は請負人)たる訴外竹田の被用者たる訴外橋が作業現場の移動途中という事業の執行中に、同人の過失により発生したものであるから、被告は民法七一五条により原告の損害を賠償すべき責任がある。
3 (原告の損害)
原告は、右追突の衝撃により前部座席に右膝を強く打ちつけ右膝外傷性関節炎等の傷害を受け、さらに右膝関節部神経損傷の後遺障害が残り、次のとおり損害を蒙つた。
(1) 治療費 二四万六、九四五円
イ 今井医院 七万四、九〇〇円(昭和四七年三月二四日から七月二五日まで入院九日、通院二一日間)
ロ 山王整形外科 一三万六、九二〇円(同年七月七日から九月二八日まで入院一一日、通院一三日間)
ハ 堀口整骨院 二、二〇〇円(同年一〇月一五日から一八日まで四日間通院)
ニ 東京労災病院 三万二、九二五円(同年一〇月一九日から昭和四八年二月一五日まで一四日間通院)
(2) 入院雑費 一万円
一日五〇〇円の割合による二〇日間入院中の雑費
(3) 付添看護料 四万円
原告の妻が入院中付添つた看護料一日二、〇〇〇円の割合による二〇日間分
(4) 通院交通費 六、一六〇円
原告の自宅から東京都大田区大森四丁目一三番二一号所在の東京労災病院まで通院するための費用片道二二〇円、一四日間通院した往復の交通費
(5) 入通院慰藉料 二〇万円
延治療期間約一〇か月余、内入院二〇日、通院五二日間の傷害慰藉料
(6) 休業補償 一三三万四、六五八円
原告は大工を職業として働いていたが、本件事故前三か月間に稼働日数七七日間で三〇万八、〇〇〇円の収入があつたので、一か月平均二五・六日稼働、一〇万二、六六六円の収入があつたところ、原告は右事故による傷害のため、本件事故の翌日から昭和四八年四月二〇日まで一三か月間休業せざるをえなかつたため、右金額相当の休業損害を受けた。
(7) 後遺症慰藉料 八三万円
原告は、本件事故による傷害につき治療を行つたが、右膝関節部神経損傷の後遺症が固定し、歩行能力、作業能力等が低下し、さらに右膝関節痛がとれない。この後遺症は自賠法施行令別表第一二級の七ないしは一二に該当する。
(8) 後遺障害による逸失利益二三二万六、三九五円原告は大工の作業上重要な右膝の右後遺障害により作業能力が低下したが、この逸失利益を平均月収一〇万二、六六六円、労働能力喪失率一四パーセント、労働可能年数二三年間(当時の年令は四四才)として、次のとおり算出する。
12×102,666×14/100×13,488=2,326,395
(9) 以上損害合計 金四六八万六、一六〇円
4 (損害の一部弁済)
(1) 原告は、右損害のうち、訴外竹田一男から次の金員の支払を受けた。
イ 休業補償 三〇万円
ロ 後遺症による逸失利益 三八万円
ハ 慰藉料 二六万四、二四〇円
(2) 原告は、労働者災害補償保険給付から次の金員を受領した。
イ 休業補償 五四万四、五六六円
ロ 後遺症慰藉料 四八万三、一四〇円
(3) 以上合計金一九七万一、九四六円
5 (弁護士費用)
原告は、昭和四九年一一月一〇日、本訴請求をなすため原告代理人に対し、報酬として金二五万円を支払う旨約した。
6 (むすび)
よつて、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として、金三二七万二、二一二円およびこれに対する本件事故後である昭和四九年一二月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する答弁
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の(1)の事実は認める。(2)のうち、訴外橋と原告がともに訴外竹田一男に雇われている被用者であること訴外竹田が昭和四五年ころから被告の下請業者として組立ハウスの内装工事を請負つていたものであること被告が昭和四七年三月一五日ころ訴外竹田に静岡県三島市内の芙蓉団地熊谷組建築現場におけるプレスハウス内装工事を請負わせたことは認めるが、その余の事実は否認する。(3)のうち、被告が訴外竹田に対し材料を支給し、図面を交付して内装工事の下請をやらせていたことは認めるが、その余の事実は否認する。(4)の事実は否認する。
3 同3の事実は不知
4 同4のうち(2)の事実は認めるが、その余の事実は不知
5 同5の事実は不知
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因1の事実(事故の発生)は、当事者間に争いがなく〔証拠略〕によれば、原告は右事故により右膝を強く打ち右膝外傷性関節炎の傷害を受け、右膝関節部神経損傷の後遺障害があることが認められ、他にこれに反する証拠はない。
二 原告は、本件事故は被告の実質上の被用者(形式上は請負人)たる訴外竹田の被用者たる訴外橋が事業の執行中に同人の過失により発生したのであるから、被告に損害賠償責任があると主張するので、この点について判断する。
1 被告が組立ハウスの附帯工事の一切および組立ハウスの販売等を業とする会社であつて、熊谷組等の現場建設用プレハブハウスの建築を行なつていたこと、訴外橋と原告がともに訴外竹田に雇われている被用者であること、訴外竹田が昭和四五年ころから被告の下請業者として組立ハウスの内装工事を請負つていたものであること、昭和四七年三月一五日ころ訴外竹田が被告から静岡県三島市内の芙蓉団地熊谷組建築現場におけるプレハブハウス内装工事を請負つたこと、被告が訴外竹田に対し材料を支給し、図面を交付して内装工事の下請をやらせたこと、原告が本件事故につき労災保険給付を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 〔証拠略〕に、前記当事者間に争いのない事実を綜合すれば訴外竹田は、昭和四七年三月一八日(本件事故)当時。訴外橋、沢村、原告の三名を雇つていたが、訴外竹田の自動車が故障していたので、原告の妻杉本八重子所有の自動車を借りていたこと、本件事故は伊勢原市内の山口工務店建設現場から三島市内の芙蓉団地熊谷組建設現場に仕事に行く途中起つたこと、訴外竹田が自動車を使用するのは、大工道具を運ぶため必要であり、被告もこれを了承し、交通費(ガソリン代)を支給していたこと、ところで被告が組立ハウスの内装工事をするについては下請形式をとり、社員が工事現場を管理し、作業は下請業者にやらせていたこと、原告および訴外橋ら訴外竹田の指示を受けて作業をしていたこと、下請業者が大工を雇うについて被告は一切関与していないこと、被告は事業主として原告に対し労災保険を給付したこと、訴外竹田は使用者として原告に対し、損害賠償として合計金九八万円を支払う旨の示談をしたこと、以上の事実が認められ他にこれに反する証拠はない。
3 右事実に前記当事者間に争いのない事実をあわせ考えると、訴外竹田は下請業者として被告の組立ハウスの内装工事を請負つていたが、その工事は被告の営業にとつて重要な行為であり、被告の指図のもとになされていたこと、訴外橋は訴外竹田に雇われ、内装工事の施行については訴外竹田を通じ被告の指図のもとにその工事に従事したものと推認されるが、原告の妻の所有であり訴外竹田の借受けた本件自動車の運転行為自体については、被告の指揮監督のもとに運転業務に従事していたものと解することはできない。けだし、元請負人が民法七一五条の責任を負うのは、原則的にその指揮監督権の及ぶ範囲内における下請負人又はその被用者の下請工事の施行行為から生じた不法行為に限定されると解すべきであつて(最高裁昭和三七年一二月一四日判決・民集一六巻一二号二三六八頁参照)、被告が訴外竹田の自動車の使用を了承し、交通費の支給をしたことをもつて、未だ被告の使用者責任を肯定するに足る特段の事由があるとはいえないからである。なお、被告を事業主とし原告を被災労働者として労災保険の給付がなされたことが認められるが、労災保険における事業主をもつて即民法七一五条の使用者と解することができないのはいうまでもない(労基法一〇条、八七条、労基則四八条の二、労基法八条三号参照)。
三 そうすると、訴外橋の運転行為について被告に指揮監督権があることを前提とする原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がないものというべきである。
四 よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村重慶一)